芥川龙之介:桃太郎(中日双语)(2)
「桃太郎さん。桃太郎さん。お腰に下げたのは何でございます?」
「これは日本一(にっぽんいち)の黍団子だ。」
桃太郎は得意そうに返事をした。勿論実際は日本一かどうか、そんなことは彼にも怪(あや)しかったのである。けれども犬は黍団子と聞くと、たちまち彼の側へ歩み寄った。
「一つ下さい。お伴(とも)しましょう。」
桃太郎は咄嗟(とっさ)に算盤(そろばん)を取った。
「一つはやられぬ。半分やろう。」
犬はしばらく強情(ごうじょう)に、「一つ下さい」を繰り返した。しかし桃太郎は何といっても「半分やろう」を撤回(てっかい)しない。こうなればあらゆる商売のように、所詮(しょせん)持たぬものは持ったものの意志に服従するばかりである。犬もとうとう嘆息(たんそく)しながら、黍団子を半分貰う代りに、桃太郎の伴(とも)をすることになった。
桃太郎はその後(のち)犬のほかにも、やはり黍団子の半分を餌食(えじき)に、猿(さる)や雉(きじ)を家来(けらい)にした。しかし彼等は残念ながら、あまり仲(なか)の好(い)い間がらではない。丈夫な牙(きば)を持った犬は意気地(いくじ)のない猿を莫迦(ばか)にする。黍団子の勘定(かんじょう)に素早(すばや)い猿はもっともらしい雉を莫迦にする。地震学などにも通じた雉は頭の鈍(にぶ)い犬を莫迦にする。――こういういがみ合いを続けていたから、桃太郎は彼等を家来にした後も、一通り骨の折れることではなかった。
その上猿は腹が張ると、たちまち不服を唱(とな)え出した。どうも黍団子の半分くらいでは、鬼が島征伐の伴をするのも考え物だといい出したのである。すると犬は吠(ほ)えたけりながら、いきなり猿を噛(か)み殺そうとした。もし雉がとめなかったとすれば、猿は蟹(かに)の仇打(あだう)ちを待たず、この時もう死んでいたかも知れない。しかし雉は犬をなだめながら猿に主従の道徳を教え、桃太郎の命に従えと云った。それでも猿は路ばたの木の上に犬の襲撃を避けた後だったから、容易に雉の言葉を聞き入れなかった。その猿をとうとう得心(とくしん)させたのは確かに桃太郎の手腕である。桃太郎は猿を見上げたまま、日の丸の扇(おうぎ)を使い使いわざと冷かにいい放した。
「よしよし、では伴をするな。その代り鬼が島を征伐しても宝物(たからもの)は一つも分けてやらないぞ。」
欲の深い猿は円(まる)い眼(め)をした。
「宝物? へええ、鬼が島には宝物があるのですか?」
「あるどころではない。何でも好きなものの振り出せる打出(うちで)の小槌(こづち)という宝物さえある。」
「ではその打出の小槌から、幾つもまた打出の小槌を振り出せば、一度に何でも手にはいる訣(わけ)ですね。それは耳よりな話です。どうかわたしもつれて行って下さい。」
「これは日本一(にっぽんいち)の黍団子だ。」
桃太郎は得意そうに返事をした。勿論実際は日本一かどうか、そんなことは彼にも怪(あや)しかったのである。けれども犬は黍団子と聞くと、たちまち彼の側へ歩み寄った。
「一つ下さい。お伴(とも)しましょう。」
桃太郎は咄嗟(とっさ)に算盤(そろばん)を取った。
「一つはやられぬ。半分やろう。」
犬はしばらく強情(ごうじょう)に、「一つ下さい」を繰り返した。しかし桃太郎は何といっても「半分やろう」を撤回(てっかい)しない。こうなればあらゆる商売のように、所詮(しょせん)持たぬものは持ったものの意志に服従するばかりである。犬もとうとう嘆息(たんそく)しながら、黍団子を半分貰う代りに、桃太郎の伴(とも)をすることになった。
桃太郎はその後(のち)犬のほかにも、やはり黍団子の半分を餌食(えじき)に、猿(さる)や雉(きじ)を家来(けらい)にした。しかし彼等は残念ながら、あまり仲(なか)の好(い)い間がらではない。丈夫な牙(きば)を持った犬は意気地(いくじ)のない猿を莫迦(ばか)にする。黍団子の勘定(かんじょう)に素早(すばや)い猿はもっともらしい雉を莫迦にする。地震学などにも通じた雉は頭の鈍(にぶ)い犬を莫迦にする。――こういういがみ合いを続けていたから、桃太郎は彼等を家来にした後も、一通り骨の折れることではなかった。
その上猿は腹が張ると、たちまち不服を唱(とな)え出した。どうも黍団子の半分くらいでは、鬼が島征伐の伴をするのも考え物だといい出したのである。すると犬は吠(ほ)えたけりながら、いきなり猿を噛(か)み殺そうとした。もし雉がとめなかったとすれば、猿は蟹(かに)の仇打(あだう)ちを待たず、この時もう死んでいたかも知れない。しかし雉は犬をなだめながら猿に主従の道徳を教え、桃太郎の命に従えと云った。それでも猿は路ばたの木の上に犬の襲撃を避けた後だったから、容易に雉の言葉を聞き入れなかった。その猿をとうとう得心(とくしん)させたのは確かに桃太郎の手腕である。桃太郎は猿を見上げたまま、日の丸の扇(おうぎ)を使い使いわざと冷かにいい放した。
「よしよし、では伴をするな。その代り鬼が島を征伐しても宝物(たからもの)は一つも分けてやらないぞ。」
欲の深い猿は円(まる)い眼(め)をした。
「宝物? へええ、鬼が島には宝物があるのですか?」
「あるどころではない。何でも好きなものの振り出せる打出(うちで)の小槌(こづち)という宝物さえある。」
「ではその打出の小槌から、幾つもまた打出の小槌を振り出せば、一度に何でも手にはいる訣(わけ)ですね。それは耳よりな話です。どうかわたしもつれて行って下さい。」