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第一章 島を出た少年(5)

ぽた、と雨粒がスマホの画面を濡らし、顏を上げると、再びパラパラと雨が降ってきていた。そして雨の向こうには、灯 [とも] り始めた東京の夜景があった。カラフルにライトアップされたレインボーブリッジが、なんだかゲームのオープニングタイトルみたいにゆっくりと近づいてくる。その瞬間――知らないオッサンヘの苛 [いらだ] 立ちもお金への不安も、僕の心から綺麗 [きれい] に消えた。とうとう来た。ぞくりと武者震いが起きる。とうとう来たんだ。僕は今夜から、あの光の街で暮らすのだ。これからあの街で起きること全部が楽しみで楽しみで仕方がなくて、鼓動が勝手に高まっていく。
「――少年、ここにいたの」
突然聞こえた能天気な声に、僕の昂揚 [こうよう] は空気が抜けたようにしぼんでいく。振り返ると、赤シャツが通路に出て来るところだった。だるそうに首をぐるぐる回しながら、「ようやく到着だんあ」と街灯 [まちあか] りを見て言う。
「君さあ、島の子でしょ?東京になにしに来たの?」
僕の隣に立って訊 [き] く。ぎくりとしつつ、僕の用意しておいたセリフを口にする。

第一章   島を出た少年


「ええと、親戚 [しんせき] の家に遊びに来たんです」
「平日に? 君、学校は?」
「あっ、えーとえーと、うちの学校、早めの夏休みで……」
「ふふーん」
なんでニヤつくんだよ。赤シャツは珍しい昆虫でも見つけたかのように無遠慮に僕の顏を覗 [のぞ] き込み、僕は逃げるように目をそらす。
「ま、もし東京でなんか困ったことがあったらさ」そう言って、小さな紙を差し出してくる。名刺だ。僕は反射的に受け取ってしまう。
「いつでも連絡してよ。気楽にさ」
「(有)K&Aプランニング CEO 須賀圭介 [す が けいすけ] 」という文字列を眺めながら、するわけねえだろ、と心の中で僕は答えた。
* * *
それからの数日間で、僕は何度「東京って怖え」と呟いただろうか。何度舌打ちをび、何度冷や汗をかき、何度恥ずかしさに赤くなっただろうか。
街はひたすらに、巨大で複雑で難解で冷酷だった。駅で迷い、電車を間違え、どこを歩いても人にぶつかり、道を尋ねても答えてもらえず、話しかけてもいないのに謎の勧誘をされまくり、コンビニ以外の店には怖くて入れず、制服姿の小学生一人で電車を乗り樣子に愕然 [がくぜん] とし、そんな自分にその都度泣きたくたった。バイトを探すためにようやく辿 [たど] りついた新宿 [しんじゆく] では (なんとなく東京の中心は新宿のような気がしていたのだ)、いきなりのゲリラ豪雨でびしょ濡 [ぬ] れになった。シャワーを浴びたくて勇気を振り絞って入った漫画喫茶では、床を濡らすなと店員に舌打ちされた。それでもまずはその漫画喫茶を拠点に生活することにし、なにやらすえた㚖いのする個室のPCでバイト険索をしてみたけれど、「身分証不要」の条件での求人はゼロだった。
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