第一章 島を出た少年(13)
「あれ? カス、髪卷いた?」
「え、分かる? うん、ちょっとだけね。今日誰にも気づかれなかったのに、さすが凪くん! ねえねえどう、似合うかな?」
「似合う似合う! すっごく可愛いよ。大人っぽいね、中学生みたいだ」
ふふふ、と、こっちがくすぐったくなるくらおいに嬉しそうな声で女子は笑い、僕はなんだかいたたまれなくなってくる。小学生にしてたぶん複数のガールフレンドがいて、しかも女子自らが食ベログカフェ予約。持ってるやつは最初から持っている、これが文化資本ってやつなのか。
――まじで東京ってすげえ。そう呟 [つぶや] きながら僕は目的の停留所でバスを降りて傘を開き、グーグルマップを睨 [にら] みながら下町めいた商店街を歩いた。グーグルの言うとおりに右に曲がると、ふいに街の雰囲気が変わった。坂道には小さな印刷会社がいくつか並び、雨に混じってうっすらとインクの匂いがする。
「……ここでいいんだよな?」
名刺に書かれた住所にあったのは、古ぼけた店舗然とした小さな建物だった。いかにも昭和風のテント看板が張り出していて、消えかかった文字でスナックと書からている。僕はもう一度、名刺の住所とグーグルマップを見比べてみる。住所は合っている。テント看板をよく見ると、店名が所々ガムテープで隠されていた。テント地も文字もガムテープも同じくらいすり切れているからぱっと見で気づかなかったけれど、ではここは現在はスナックではないのだ。路肩の柵 [さく] に「(有)K&Aプランニング」という錆 [さび] の浮いたプレートがくくりつけてあり、社名の横には下向きの矢印が書かれている。足元を見るとそこは半地下になっていて、コンクリートの細い階段の先にドアがある。