三月のパンタシア「ガールズブルー」冬(7)
そう言って頭を下げる。母が父の隣に座った。64 #三パシ冬
「私は…まだまだ子供で、これまでたくさん助けてもらってきて…。お父さんが心配してくれる気持ちも分かるの。でも、それでも私、やっぱり諦めきれない。こんなに夢中になれるものきっとこの先ないから…。学費も、きちんと働いて返します」
「…お願いします、勉強させてください」65 #三パシ冬
どんどん早まる鼓動の音に呼吸は荒くなり声は震えながらも精一杯伝えて、もう一度頭を下げた。沈黙が漂う。
「わかった」
父の言葉にゆっくり頭を上げる。
「やれるだけやってみなさい」
その言葉が聞こえた瞬間、66 #三パシ冬
ありがとう、と歩み寄ろうとすると全身の力が抜け、ソファに尻餅をついた。すぐさま姿勢を正し「お父さん、ありがとう。絶対頑張る」そう伝えると段々と実感が湧いてきて胸には喜びが沸騰し、昂ぶる呼吸でリビングをそわそわ歩き回っていると、落ち着きなさい、と父が微かに笑った。67 #三パシ冬
――あの出来事は、きっと、ずっと忘れないだろう。18年間、嬉しくては一人ではしゃぎ、悔しくては声を殺して泣いたこの部屋も、後もう少しで出て行く。感傷的な気分に浸っていると「遅れるわよー」という母の声に現実に戻される。はーい、と返し最後の制服を着て、食卓へ向かった。68 #三パシ冬
テーブルに着くと、最後の制服姿だからと、パンをかじる姿、髪を整える姿を母が写真を撮る。この写真いる?いるわ!と笑って、最後に3人の写真も撮った。
「式、二人で行くからね」という母の言葉に見送られ、家を出る。
玄関の扉を開けると
「おはよ」
と伽耶が立っていて驚いた。69 #三パシ冬
二人で高校までの道を歩く。
「一緒に登校するのは何気に初めてだよね」そう言うと「最初で最後ってエモいじゃん」という彼女のおどけた言葉に、もうこうして並んで過ごせなくなるのかと思うとまた胸がきゅっと切なくなった。
「私、高校なんか辞めちゃいたかった」伽耶が話し出す。70 #三パシ冬
「勉強も全然モチベ上がんないし友達もいなかったし。でも卒業しないと色々面倒だから、適当に通ってて」
「だけど今は、寂しい。未央ちゃんと会えなくなるもん」
出会った頃はよく授業をサボっていた伽耶も後半は、随分出席していた。そんなの、私もだよ、と呟き伽耶の肩を小突く。71 #三パシ冬
「イギリス、遠いよー」ぼそりと口にすると、二人の間に少し静寂が生まれた。
「悲しいよるなんて思い出さないようにふたをするー♪」軽く口ずさむように歌う伽耶の声に耳を澄ます。あの日、あのCDショップの新譜コーナーに並んでいたあの曲。72 #三パシ冬