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「人でなしの恋」(青空文库版)索尼YOMIBITO有声书文本(14)

兜かぶともちゃんと頂いて、それに鼻から下を覆う、あの恐ろしい鉄の面までも揃っているのでございます。昼でも薄暗い蔵の中で、それをじっと見ていますと、今にも籠手こて、脛当すねあてが動き出して、丁度頭の上に懸けてある、大身おおみの槍やりを取るかとも思われ、いきなりキャッと叫んで、逃げ出したい気持さえいたすのでございます。
 小さな窓から、金網を越して、淡い秋の光がさしてはいますけれど、その窓があまりに小さいため、蔵の中は、隅の方になると、夜の様に暗く、そこに蒔絵だとか、金具だとかいうものだけが、魑魅魍魎ちみもうりょうの目の様に、怪しく、鈍く、光っているのでございます。その中で、あの生霊の妄想を思い出しでもしようものなら、女の身で、どうまあ辛抱が出来ましょう。その怖わさ恐ろしさを、やっと堪こらえて、兎も角も、長持を開くことが出来ましたのは、やっぱり、恋という曲者くせものの強い力でございましょうね。
 まさかそんなことがと思いながら、でも何となく薄気味悪くて、一つ一つ長持の蓋を開く時には、からだ中から冷いものがにじみ出し、ハッと息も止まる思いでございました。ところが、その蓋を持上げて、まるで棺桶かんおけの中でも覗く気で、思い切って、グッと首を入れて見ますと、予期していました通り、或あるいは予期に反して、どれもこれも古めかしい衣類だとか、夜具、美しい文庫類などが入っているばかりで、何の疑わしいものも出ては来ないのでございます。でも、あの極った様に聞えて来た、蓋のしまる音、錠前のおりる音は、一体何を意味するのでありましょう。おかしい、おかしいと思いながら、ふと目にとまったのは、最後に開いた長持の中に、幾つかの白木の箱がつみ重なっていて、その表に、床ゆかしいお家流で「お雛様ひなさま」だとか「五人囃子ばやし」だとか「三人上戸じょうご」だとか、書き記しるしてある、雛人形の箱でございました。

「人でなしの恋」(青空文库版)索尼YOMIBITO有声书文本


私は、どこにも怪しいものがいないことを確めて、いくらか安心していたのでもありましょう、その際ながら、女らしい好奇心から、ふとそれらの箱を開けて見る気になりました。
 一つ一つ外に取り出して、これがお雛様、これが左近さこんの桜、右近うこんの橘たちばなと、見て行くに従って、そこに、樟脳の匂いと一緒に、何とも古めかしく、物懐しい気持が漂って、昔物のきめの濃こまやかな人形の肌が、いつとなく、私を夢の国へ誘って行くのでございました。私はそうして、暫くの間は、雛人形で夢中になっていましたが、やがてふと気がつきますと、長持の一方の側がわに、外ほかのとは違って、三尺以上もある様な長方形の白木の箱が、さも貴重品といった感じで、置かれてあるのでございます。その表には、同じくお家流で「拝領はいりょう」と記されてあります。何であろうと、そっと取り出して、それを開いて中の物を一目見ますと、ハッと何かの気に打たれて、私は思わず顔をそむけたのでございます。そして、その瞬間に霊感というのは、ああした場合を申すのでございましょうね、数日来の疑いが、もう、すっかり解けてしまったのでございます。
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