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「人でなしの恋」(青空文库版)索尼YOMIBITO有声书文本(16)

 私が長持の中で見つけました人形は後のちになって、門野のお父さまに、そっと御尋ねして知ったのでございますが、殿様から拝領の品とかで、安政あんせいの頃の名人形師立木と申す人の作と申すことでございます。俗に京人形と呼ばれておりますけれど、実は浮世うきよ人形とやらいうものなそうで、身みの丈たけ三尺余り、十歳ばかりの小児の大きさで、手足も完全に出来、頭には昔風の島田しまだを結ゆい、昔染の大柄友染ゆうぜんが着せてあるのでございます。これも後に伺ったのですけれど、それが立木という人形師の作風なのだそうで、そんな昔の出来にも拘らず、その女児人形は、不思議と近代的な顔をしているのでございます。真ッ赤に充血して何かを求めている様な、厚味のある唇くちびる、唇の両脇で二段になった豊頬ほうきょう、物いいたげにパッチリ開いた二重瞼ふたえまぶた、その上に大様おおように頬笑ほほえんでいる濃い眉まゆ、そして何よりも不思議なのは、羽二重はぶたえで紅綿べにわたを包んだ様に、ほんのりと色づいている、微妙な耳の魅力でございました。
その花はなやかな、情慾的な顔が、時代のために幾分色があせて、唇の外ほかは妙に青ざめ、手垢てあかがついたものか、滑なめらかな肌がヌメヌメと汗ばんで、それゆえに、一層悩ましく、艶なまめかしく見えるのでございます。

「人でなしの恋」(青空文库版)索尼YOMIBITO有声书文本


 薄暗く、樟脳臭い、土蔵の中で、その人形を見ました時には、ふっくらと恰好よくふくらんだ乳のあたりが、呼吸をして、今にも唇がほころびそうで、その余りの生々しさに私はハッと身震みぶるいを感じたほどでありました。
 まあ何ということでございましょう、私の夫は、命のない、冷たい人形を恋していたのでございます。この人形の不思議な魅力を見ましては、もう、その外に謎の解き様はありません。人嫌いな夫の性質、蔵の中の睦言、長持の蓋のしまる音、姿を見せぬ相手の女、色々の点を考え合せて、その女と申すのは、実はこの人形であったと解釈する外はないのでございます。
 これは後になって、二三の方から伺ったことを、寄せ集めて、想像しているのでございますが、門野は生れながらに夢見勝ちな、不思議な性癖を持っていて、人間の女を恋する前に、ふとしたことから、長持の中の人形を発見して、それの持つ強い魅力に魂を奪われてしまったのでございましょう。あの人は、ずっと最初から、蔵の中で本なぞ読んではいなかったのでございます。ある方から伺いますと、人間が人形とか仏像とかに恋したためしは、昔から決して少くはないと申します。不幸にも私の夫がそうした男で、更に不幸なことには、その夫の家に偶然稀代きだいの名作人形が保存されていたのでございます。
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