「人でなしの恋」(青空文库版)索尼YOMIBITO有声书文本
人でなしの恋江戸川乱歩
译本出版社: 新星出版社 作品集来源: 人間椅子 译者: 王华懋
目次
一
門野かどの、御存知ごぞんじでいらっしゃいましょう。十年以前になくなった先せんの夫なのでございます。こんなに月日がたちますと、門野と口に出していって見ましても、一向いっこう他人様ひとさまの様ようで、あの出来事にしましても、何だかこう、夢ではなかったかしら、なんて思われるほどでございます。門野家へ私がお嫁入りをしましたのは、どうした御縁からでございましたかしら、申すまでもなく、お嫁入り前に、お互たがいに好き合っていたなんて、そんなみだらなのではなく、仲人なこうどが母を説ときつけて、母が又私に申し聞かせて、それを、おぼこ娘の私は、どう否いなやが申せましょう。おきまりでございますわ。畳にのの字を書きながら、ついうなずいてしまったのでございます。
でも、あの人が私の夫になる方かと思いますと、狭い町のことで、それに先方も相当の家柄なものですから、顔位は見知っていましたけれど、噂うわさによれば、何となく気むずかしい方の様だがとか、あんな綺麗きれいな方のことだから、ええ、御承知かも知れませんが、門野というのは、それはそれは、凄すごい様な美男子で、いいえ、おのろけではございません。美しいといいます中うちにも、病身なせいもあったのでございましょう、どこやら陰気で、青白く、透き通る様な、ですから、一層水際立った殿御とのごぶりだったのでございますが、それが、ただ美しい以上に、何かこう凄い感じを与えたのでございます。その様に綺麗な方のことですから、きっと外ほかに美しい娘さんもおありでしょうし、もしそうでないとしましても、私の様なこのお多福たふくが、どうまあ一生可愛がって貰もらえよう、などと色々取越とりこし苦労もしますれば、従ってお友達だとか、召使などの、その方かたの噂話にも聞き耳を立てるといった調子なのでございます。