序章 君に聞いた物語(5)
鳥居を抜けると、ふいに空気が変わった。
雨の音が、ぷつりと途切れた。
目を開くと――そこは青空の真ん中だった。
彼女は強い風に吹かれながら、空のずっと高い場所に浮かんでいた。いや、風を切り裂いて落ちていた。聞いたこともないような低くて深い風の音が周囲に渦卷いていた。息は吐くたびに白く凍り、濃紺の中でキラキラと瞬いた。それなのに、恐怖はなかった。目覚めたまま夢を見ているような奇妙な感覚だった。
足元を見下ろすと、巨大なカリフラワーのような積乱雲がいくつも浮かんでいた。一つひとつがきっと何キロメートルもの大きさの、それは壮麗な空の森のようだった。
ふと、雲の色が変化していることに彼女は気づいた。雲の頂上、大気の境目で平らになっている平野のような場所にぽつりぽつりと緑が生まれ始めている。彼女は目をみはる。
それは、まるで草原だった。地上からは決して見えない雲の頭頂に、さざめく緑が生まれては消えているのだ。そしてその周囲に、気づけば生き物のような微細ななにかが群がっていた。
「……魚」
幾何学的な渦を描いてゆったりとうねるその群体は、まるで魚の群れのように見えた。彼女は落下しながら、じっとそれを見つめる。雲の上の平原を、無数の魚たちが泳いでいる――。