序章 君に聞いた物語(3)
僕たちになにが起きたのか。僕たちはなにを選んだのか。そして僕は、これから彼女にどう入り言葉を届けるべきなのか。
すべてのきっかけは――そう、たぶんあの日だ。
彼女が最初にそれを目擊した日。彼女が語ってくれたあの日の出來事が、すべての始まりだったんだ。
* * *
彼女の母親は、もう何ヵ月も日を覚まさないままだったそうだ。
小さな病室を滿たしていたのは、バイタルモ二ターの規則的な電子音と、呼吸器のシューという動作音と、執拗 [しつよう] に窓を叩く雨音。それと、長く人の留 [とど] まった病室に特有の、世間と切り離されたしんとした空気。
彼女はベッドサイドの丸椅子に座ったまま、すっかり骨張ってしまった母親の手をきゅっと握る。母親の酸素マスクが規則的に白く濁るさまを眺め、ずっと伏せられたままの睫毛 [まつげ] を見つめる。不安に押しつぶされそうになりながら、彼女はただただ祈っている。お母さんが目を覚ましますように。ピンチの時のヒーローみたいな風が力強く吹きつけて、憂鬱 [ゆううつ] とか心配とか雨雲とか暗くて重いものをすっきりと吹き飛ばし、家族三人で、もう一度青空の下を笑いながら步けますように。