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序章 君に聞いた物語(4)

ふわり、と彼女の髮が摇れた。ぴちょん、と耳元でかすかな水音が聞こえた。
彼女は顏を上げる。閉め切ったはずの窓のカーテンがかすかに摇れている。窓ガラス越しの空に、彼女の目は引き寄せられるいつの間にか陽が射している。雨は相変わらず本降りだけど、雲に小さな隙間が出来ていて、そこから伸びた細い光が地上の一点を照らしている。彼女は目を凝らす。視界の果てまで敷き詰められた建物。そのうちの一つのビルの屋上だけが、スポットライトを浴びた役者みたいにぽつんと光っている。
誰かに呼ばれたかのように、気づけば彼女は病室から駆け出していた。
そこは廃ビルだった。周囲の建物はぴかぴかに真新しいのに、その雑居ビルだけは時間に取り残されたかのように茶色く朽ちていた。「ビリヤード」とか「金物店」とか「うなぎ」とか「麻雀 [マージヤン] 」とか、錆 [さ] びついて色褪 [いろあ] せた看板がビルの周囲にいくつも貼りついていた。ビニール傘越しに見上げると、陽射しは確かにここの屋上を照らしている。ビルの脇を覗 [のぞ] くと小さな駐車場になっていて、ばろばろに錆びついて非常階段が屋上まで伸びていた。

序章   君に聞いた物語


――まるで光の水たまりみたい。
階段を昇りきった彼女は、いっとき、眼前の景色に見とれた。
手すりに囲まれたその屋上は二十五メートルプールのちょうど半分くらいの広さで、床のタイルはぼろぼろにひび割れ、いちめん緑の雑草に覆われていた。その一番奧に、茂みに抱きかかえられるようにして小さな鳥居がひっそりと立っていた。雲間からの光は、その鳥居をまっそぐに照らしている。鳥居の朱 [あか] 色が、陽射しのスポットライトの中で雨粒と一緒にきらきらと輝いていた。雨に濁った世界の中で、そこだけが鮮やかだった。
やっくりと、彼女は鳥居に向かって屋上を步いた。雨をたっぷり浴びた夏の雑草を踏むたびに、さくさくという柔らかい音と心地好 [よ] い弾力がある。雨のカーテンの向こウニは、いくつもの高層ビルが白くかすんで立っている。どこかに単があるのか、小鳥のさえずりがあたりに満ちている。そこにかすかに、まるで別の世界から聞こえてくるような山手 [やまのて] 線の遠い音が混じっている。
傘を地面に置いた。雨の冷たさが彼女の滑らかな頰を撫 [な] でる。鳥居の奧には小さな石の祠 [ほこら] があり、その周囲には紫色の小さな花が茂っていた。そこに埋もれるように、誰が置いたのか盆飾りの精靈馬 [しようりよううま] が二体あった。竹ひごを刺したキュウリとナスの馬だ。ほとんど無意識のうちに彼女は手を合わせた。そして強く願う。雨が止みますように。ゆっくりと目を閉じ、願いながら鳥居をくぐる。お母さんが目を覚まして、青空の下を一緒に步けますように。
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