金色之死 (谷崎润一郎) 上(6)
けれども其の私ですら、時々腹の立つような言動を見せられる事があるのです。
「僕はたしかに仕合せな人間だ。いろいろの点で僕ほど幸福な境遇に居る者はあんまりないだろう。………たゞ不満足なのは、僕の家には金があるけれど爵位がない。此れで僕が華族の息子だったら、それこそほんとうに仕合せなんだがなあ。」
彼は或る時こんな不平を云って、嘆声を洩らした事がありました。私はそれまで、少くとも彼のお洒落や贅沢に対して、悪意の解釈を施しては居ませんでした。岡村君の贅沢は決して卑しい慾望に起因するのではなく、矢張り「美」と云う事を尚ぶ彼の芸術家気質から来るのだろうと判断して居ました。「富は必ずしも美を伴わない。しかし美は常に富の力を借りなければならない。」―――斯云う事を信じて居た私は岡村君の富に対して羨みこそすれ、何等の反感をも抱いては居ませんでした。彼が自分の富を誇るのは、即ち自分の美を誇る所以だと考えて居ました。けれども彼が世間的の爵位などを欲すると云うに至っては、全く予想外に感じたのです。此の言葉を聞いた時、私は岡村君と云う人物を見損なって居たような気がしました。「己は今日迄岡村を買い被って居た。