金色之死 (谷崎润一郎) 上
金色の死
谷崎潤一郎
一
岡村君は私わたしの少年時代からの友人でした。丁度私が七つになった年の四月の上旬、新川の家いえから程遠からぬ小学校へ通い始めた時分に、岡村君も附き添いの女中に連られて来て居ました。彼と私とは教場の席順が隣り合って居て、二人はいつも小さな机をぴったり寄せ附けて並んで居ました。そればかりではなく、岡村君と私とはいろ/\の点でよく似たところがあるように思われました。
其の頃の私の家は大きな酒問屋を営んで居て、家業は日に日に栄えて行くばかり、繁昌に繁昌を重ねて、いつも活気に充ち充ちて居る店先の様子は、子供心にもおぼろげながら一種の歓びと安心とを感じさせる程でした。学校へ行く時も家に居る時も私は木綿の着物を着せられた事が有ませんでした。その上私は学問が非常によく出来て、算術でも読書でも凡ての学課が私の頭には実に容易たやすくすら/\と流れ込みました。恰も白紙へ墨を塗るように、聞いた事は一々ハッキリと何等の面倒もなく胸の中へ記憶されるのです。私は多くの生徒たちが、物を覚えるのに困難を感ずると云う理由を解するのに苦しみました。