金色之死 (谷崎润一郎) 上(11)
私が斯う反問すると、彼はいよ/\得意になって、議論の歩を進めます。
七
「滑稽を感じないまでも、或る一種の快感に打たれる事はたしかだね。寧ろ絵にした方が面白いくらいだね。一体芸術的の快感を悲哀だの滑稽だの歓喜だのと云うように区分するのが間違って居る。世の中に純粋の悲哀だの、滑稽だの、乃至歓喜だのと云うものが存在する筈はないのだから。」
「僕も其の点には賛成するが、君は詩の領分と絵の領分との間に、レッシングの説明したような境界のある事を認めて居ないのかね。」
「全然認めて居ない。ラオコオンの趣旨には徹頭徹尾反対だ。」
「そいつは少し乱暴過ぎる。」
「まあ聞き給え。―――僕は眼で以て、一目に見渡す事の出来る美しさでなければ、即ち空間的に存在する色彩若くは形態の美でなければ、絵に画いたり文章に作ったりする値打ちはないと信じて居るんだ。そのうちでも最も美しいのは人間の肉体だ。思想と云うものはいかに立派でも見て感ずるものではない。だから思想に美と云うものが存在する筈はないのだ。」
「そうすると芸術家になるには、哲学を研究する必要はない訳だね。」