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斗车(トロッコ)-芥川龍之介(4)

2023-05-29 来源:百合文库
三人は又トロツコへ乗つた。車は海を右にしながら、雑木の枝の下を走つて行つた。しかし良平はさつきのやうに、面白い気もちにはなれなかつた。「もう帰つてくれれば好い。」――彼はさうも念じて見た。が、行く所まで行きつかなければ、トロツコも彼等も帰れない事は、勿論彼にもわかり切つてゐた。 
その次に車の止まつたのは、切崩した山を背負つてゐる、藁屋根の茶店の前だつた。二人の土工はその店へはひると、乳呑児 ちのみご をおぶつた上 かみ さんを相手に、悠々と茶などを飲み始めた。良平は独りいらいらしながら、トロツコのまはりをまはつて見た。トロツコには頑丈な車台の板に、跳 は ねかへつた泥が乾いてゐた。
少時 しばらく の後茶店を出て来しなに、巻煙草を耳に挾んだ男は、(その時はもう挾んでゐなかつたが)トロツコの側にゐる良平に新聞紙に包んだ駄菓子をくれた。良平は冷淡に「難有 ありがた う」と云つた。が、直 すぐ に冷淡にしては、相手にすまないと思ひ直した。彼はその冷淡さを取り繕 つくろ ふやうに、包み菓子の一つを口へ入れた。菓子には新聞紙にあつたらしい、石油の匂がしみついてゐた。

斗车(トロッコ)-芥川龍之介


三人はトロツコを押しながら緩 ゆる い傾斜を登つて行つた。良平は車に手をかけてゐても、心は外の事を考へてゐた。 その坂を向うへ下り切ると、又同じやうな茶店があつた。土工たちがその中へはひつた後、良平はトロツコに腰をかけながら、帰る事ばかり気にしてゐた。茶店の前には花のさいた梅に、西日の光が消えかかつてゐる。「もう日が暮れる。」――彼はさう考へると、ぼんやり腰かけてもゐられなかつた。トロツコの車輪を蹴つて見たり、一人では動かないのを承知しながらうんうんそれを押して見たり、――そんな事に気もちを紛 まぎ らせてゐた。 所が土工たちは出て来ると、車の上の枕木に手をかけながら、無造作に彼にかう云つた。 
「われはもう帰んな。おれたちは今日は向う泊りだから。」 
「あんまり帰りが遅くなるとわれの家でも心配するずら。」 
良平は一瞬間呆気 あつけ にとられた。もう彼是 かれこれ 暗くなる事、去年の暮母と岩村まで来たが、今日の途 みち はその三四倍ある事、それを今からたつた一人、歩いて帰らなければならない事、――さう云ふ事が一時にわかつたのである。良平は殆ど泣きさうになつた。が、泣いても仕方がないと思つた。泣いてゐる場合ではないとも思つた。彼は若い二人の土工に、取つて附けたやうな御時宜 おじぎ をすると、どんどん線路伝ひに走り出した。

斗车(トロッコ)-芥川龍之介


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