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斗车(トロッコ)-芥川龍之介(3)

2023-05-29 来源:百合文库
「をぢさん。押してやらうか?」
その中の一人、――縞のシヤツを着てゐる男は、俯向 うつむ きにトロツコを押した儘、思つた通り快い返事をした。 
「おお、押してくよう。」 
良平は二人の間にはひると、力一杯押し始めた。 
「われは中々力があるな。」 
他の一人、――耳に巻煙草を挾 はさ んだ男も、かう良平を褒 ほ めてくれた。
その内に線路の勾配は、だんだん楽になり始めた。「もう押さなくとも好い。」――良平は今にも云はれるかと内心気がかりでならなかつた。が、若い二人の土工は、前よりも腰を起したぎり、黙々と車を押し続けてゐた。良平はとうとうこらへ切れずに、怯 お づ怯づこんな事を尋ねて見た。 
「何時 いつ までも押してゐて好い?」 
「好いとも」 
二人は同時に返事をした。良平は「優しい人たちだ」と思つた。
五六町余り押し続けたら、線路はもう一度急勾配になつた。其処には両側の蜜柑畑に、黄色い実がいくつも日を受けてゐる。

斗车(トロッコ)-芥川龍之介


「登り路の方が好い、何時までも押させてくれるから。」――良平はそんな事を考へながら、全身でトロツコを押すやうにした。
蜜柑畑の間を登りつめると、急に線路は下りになつた。縞のシヤツを着てゐる男は、良平に「やい、乗れ」と云つた。良平は直 すぐ に飛び乗つた。トロツコは三人が乗り移ると同時に、蜜柑畑の匂を煽 あふ りながら、ひた辷 すべ りに線路を走り出した。「押すよりも乗る方がずつと好い。」――良平は羽織に風を孕 はら ませながら、当り前の事を考へた。「行きに押す所が多ければ、帰りに又乗る所が多い。」――さうも亦考へたりした。
竹藪のある所へ来ると、トロツコは静かに走るのを止めた。三人はまた前のやうに、重いトロツコを押し始めた。竹藪は何時か雑木林になつた。爪先上りの所々には、赤錆 あかさび の線路も見えない程、落葉のたまつてゐる場所もあつた。その路をやつと登り切つたら、今度は高い崖の向うに、広々と薄ら寒い海が開けた。と同時に良平の頭には、余り遠く来過ぎた事が、急にはつきりと感じられた。

斗车(トロッコ)-芥川龍之介


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