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斗车(トロッコ)-芥川龍之介

2023-05-29 来源:百合文库

斗车(トロッコ)-芥川龍之介


小田原熱海間に、軽便鉄道敷設の工事が始まつたのは、良平 りやうへい の八つの年だつた。良平は毎日村外 むらはづ れへ、その工事を見物に行つた。工事を――といつた所が、唯トロツコで土を運搬する――それが面白さに見に行つたのである。 トロツコの上には土工が二人、土を積んだ後に佇 たたず んでゐる。
トロツコは山を下るのだから、人手を借りずに走つて来る。煽 あふ るやうに車台が動いたり、土工の袢纏 はんてん の裾がひらついたり、細い線路がしなつたり――良平はそんなけしきを眺めながら、土工になりたいと思ふ事がある。せめては一度でも土工と一しよに、トロツコへ乗りたいと思ふ事もある。トロツコは村外れの平地へ来ると、自然と某処に止まつてしまふ。と同時に土工たちは、身軽にトロツコを飛び降りるが早いか、その線路の終点へ車の土をぶちまける。それから今度はトロツコを押し押し、もと来た山の方へ登り始める。良平はその時乗れないまでも、押す事さへ出来たらと思ふのである。
或夕方、――それは二月の初旬だつた。良平は二つ下の弟や、弟と同じ年の隣の子供と、トロツコの置いてある村外れへ行つた。トロツコは泥だらけになつた儘、薄明るい中に並んでゐる。が、その外は何処 どこ を見ても、土工たちの姿は見えなかつた。三人の子供は恐る恐る、一番端 はし にあるトロツコを押した。トロツコは三人の力が揃ふと、突然ごろりと車輪をまはした。良平はこの音にひやりとした。しかし二度目の車輪の音は、もう彼を驚かさなかつた。ごろり、ごろり、――トロツコはさう云ふ音と共に、三人の手に押されながら、そろそろ線路を登つて行つた。

斗车(トロッコ)-芥川龍之介


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