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「人でなしの恋」(青空文库版)索尼YOMIBITO有声书文本(3)

 初めの間は、遠い先のことの様に、指折数えていた日取りが、夢の間まに近づいて、近づくに従って、甘い空想がずっと現実的な恐れに代って、いざ当日、御婚礼の行列が門前に勢揃いをいたします。その行列が又、自慢に申すのではありませんが、十幾いくつりの私の町にしては飛切り立派なものでしたが、それの中にはさまって、車に乗る時の心持というものは、どなたも味わいなさることでしょうけれど、本当にもう、気が遠くなる様でございましたっけ、まるで屠所の羊でございますわね。精神的に恐しいばかりでなく、もう身内がずきずき痛む様な、それはもう、何と申してよろしいのやら。……

 何がどうなったのですか、兎とも角かくも夢中で御婚礼を済すませて、一日二日は、夜さえ眠ったのやら眠らなかったのやら、舅しゅうと姑しゅうとめがどの様な方なのか、召使達が幾人いるか、挨拶あいさつもし、挨拶されていながらも、まるで頭に残っていないという有様なのでございます。するともう、里帰り、夫と車を並べて、夫の後姿うしろすがたを眺めながら走っていても、それが夢なのか現うつつなのか、……まあ、私はこんなことばかりおしゃべりしていまして、御免下さいまし、肝心の御話がどこかへ行ってしまいますわね。

「人でなしの恋」(青空文库版)索尼YOMIBITO有声书文本


 そうして、御婚礼のごたごたが一段落つきますと、案じるよりは生むが易いと申しますか、門野は噂程の変人というでもなく、却て世間並よりは物柔かで、私などにも、それは優しくしてくれるのでございます。私はほっと安心いたしますと、今までの苦痛に近い緊張が、すっかりほぐれてしまいまして、人生というものは、こんなにも幸福なものであったのかしら、なんて思う様になって参ったのでございます。それに舅姑御二人とも、お嫁入前に母親が心づけてくれましたことなど、まるで無駄に思われたほど、好よい御方おかたですし、外には、門野は一人子だものですから、小舅こじゅうとなどもなく、却て気抜けのする位、御嫁さんなんて気苦労の入いらぬものだと思われたのでございました。
 門野の男ぶりは、いいえ、そうじゃございませんのよ。これがやっぱり、お話の内なのでございますわ。そうして一しょに暮す様になって見ますと、遠くから、垣間かいま見みていたのと違って、私にとっては、生れてはじめての、この世にたった一人の方なのですもの、それは当り前でございましょうけれど、日が経つにつれて、段々立たちまさって見え、その水際立った男ぶりが、類たぐいなきものに思われ初はじめたのでございます。いいえ、お顔が綺麗だとか、そんなことばかりではありません。恋なんて何と不思議なものでございましょう、門野の世間並をはずれた所が、変人というほどではなくても、何とやら憂鬱ゆううつで、しょっちゅう一途いちずに物を思いつづけている様な、しんねりむっつりとした、それで、縹緻きりょうはと申せば、今いう透き通る様な美男子なのでございますよ、それがもう、いうにいわれぬ魅力となって、十九の小娘を、さんざんに責めさいなんだのでございます。
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