「人でなしの恋」(青空文库版)索尼YOMIBITO有声书文本(17)
人でなしの恋、この世の外ほかの恋でございます。その様な恋をするものは、一方では、生きた人間では味わうことの出来ない、悪夢の様な、或は又お伽噺の様な、不思議な歓楽に魂をしびらせながら、しかし又一方では、絶え間なき罪の苛責かしゃくに責められて、どうかしてその地獄を逃れたいと、あせりもがくのでございます。門野が、私を娶めとったのも、無我夢中に私を愛しようと努めたのも、皆そのはかない苦悶くもんの跡に過ぎぬのではございませんか。そう思えば、あの睦言の「京子に済まぬ云々うんぬん」という、言葉の意味も解けて来るのでございます。夫が人形のために女の声色を使っていたことも、疑う余地はありません。ああ、私は、何という月日の下もとに生れた女でございましょう。
九
さて、私の懺悔ざんげ話と申しますのは、実はこれからあとの、恐ろしい出来事についてでございます。長々とつまらないおしゃべりをしました上に「まだ続きがあるのか」と、さぞうんざりなさいましょうが、いいえ、御心配には及びません。その要点と申しますのは、ほんの僅かな時間で、すっかりお話出来ることなのでございますから。