徳政じゃ(2)
さて、二、三日すると、思った通り、おかみのおふれが出ました。
役人がほら貝を吹きたて、鐘を打ち鳴らして、
「徳政じゃあー。徳政じゃ」
と、町をわめき歩きます。
町のあちこちに、徳政の立礼(たてふだ)が立ちました。
そこで宿の亭主はしてやったりと、広間に客を集めてこう言いました。
「さてさて、困った事になりもうした。
この徳政と申すは、かたじけなくも、おかみからのおふれでございます。
このおふれのおもむきは、天下の貸し借りをなくし、銭・金・品物などによらず、借りた物はみな、借り主にくだされます。
さようなわけで、皆さまからお借りした品々は、ただいまからわたくしの物になったわけでございます」
と、いかにも、もっともらしく言いました。
さあ、これを聞いた客はびっくりです。
互いに目を見合わせて途方に暮れ、中には泣き出す者もいて大変な騒ぎです。
けれど、
「返して欲しい!」
と、どんなに頼んでも、亭主は、
「なにぶん、このおふれは、わたくしかっての物ではござりませぬ。天下のおふれ、おかみからのご命令。借りた物はみな、わたくしの物でございます」
と、いっこうに聞き入れません。
こうなっては客たちも、大事な物を亭主に貸した事をなげくばかりです。
ところが客の中に、頭の切れる男かおりました。
男はつかつかと亭主の前に進み出ると、こう言いました。
「なるほど、天下のおふれとあれば、そむく事はなりますまい。そちらヘお貸しもうした物は、どうぞ、お受け取り下さる様に」
この言葉に他の客たちがあきれていると、男は続けて、
「ただ、こうしたおふれが出まして、あなたさまには、まことにお気の毒ではござります。
だが、それもいたしかたのない事。
わたくしどもはこうして、あなたさまのお宿をお借りしましたが、思いもかけず、このたびの徳政。
今さらこの家をお返しする事も出来ぬ事になりました。
どうぞ、妻子(さいし→おくさんと子ども)、召使い一同をお連れになって、今すぐこの家からお立ち退き下さる様」