【生肉】狂父 VG文库版 #序章(4)

優しい声音でそう言われ、
「……うん」
しかしアヤの返事は、暗く沈んでいた。
普段なら、一人で寂しい夜は母の肖像画を抱くことで穏やかに眠れた。母がそばにいてくれるようで、安心できたのだ。
だが、母はもうアヤの名を呼んでくれることも、頭を撫でてくれることもない。
死者は戻ってこない。母の命日──母の死を強く意識してしまう今日だけは、残された唯一の家族である父のそばにいたかったのだ。
しかし、父は研究で忙しいらしい。
今日だけは……というアヤの切なる願いは、叶いそうにない。
そう思うと、途端に視界が滲みだした。アヤは唇をきゅっと噛んで俯き、涙がこぼれないように懸命に我慢した。泣いてしまえば、父を余計困らせてしまう。それだけは嫌だった。

と。
父がしゃがんで、アヤの顔を覗のぞき込んできた。
「……っ！」
アヤは慌てて潤うるんだ目を隠そうとした。その白い頬に、父の手が優しく触れる。
「寂しい思いをさせてすまないね。仕事が終わったら、部屋に行ってあげるから」
「……ほんと？」
「ああ、約束だ」
父はゆっくりと頷いて、
「それに、明日は二人で母さんの墓参りに行こうな」
その言葉に、アヤの表情がぱっと晴れた。
「うん！」
先ほどまでの暗い気持ちなど吹き飛んでしまったかのように、アヤの声は弾はずんでいた。
「いい子だ。さあ、先にベッドに戻っていなさい」