【村上春树】4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて(3)
もちろん今では、その時彼女に向ってどんな風に話しかけるべきであったのか、僕にはちゃんとわかっている。しかし何にしても あまりに長い科白だから、きっと上手くはしゃべれなかったに違いない。このように、僕が思いつくことはいつも実用的ではないのだ 。とにかくその科白は「昔々」で始まり「悲しい話だと思いませんか」で終わる。
昔々、あるところに少年と少女がいた。少年は十八歳で、少女 は十六歳だった。たいしてハンサムな少年でもないし、たいして綺 麗な少女でもない。どこにでもいる孤独で平凡な少年と少女だ。で も彼らは。この世の中のどこかには100パーセント自分にぴったりの 少女と少年がいるに違いないと固く信じている。ある日二人は街角でばったりとめぐり会うことになる。「驚いたな、僕はずっと君を捜していたんだよ。信じてくれないかもしれないけれど、君は僕にとって100パーセントの女の子なんだよ」と少年は少女に言う。少女は少年に言う。「あなたこそ私にとって100パーセントの男の子なのよ。何から何まで私の想像していたとおり。まるで夢みたいだわ」 二人は公園のベンチに座り、いつまでも飽きることなく語りつづける。二人はもう孤独ではない。