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起风了

2023-03-19 来源:百合文库
九月になると、すこし荒れ模様の雨が何度となく降ったり止んだりしていたが、そのうちにそれは殆んど小止みなしに降り続き出した。それは木の葉を黄ばませるより先きに、それを腐らせるかと見えた。さしものサナトリウムの部屋部屋も、毎日窓を閉め切って薄暗いほどだった。風がときどき戸をばたつかせた。そして裏の雑木林から、単調な、重くるしい音を引きもぎった。風のない日は、私達は終日、雨が屋根づたいにバルコンの上に落ちるのを聞いていた。そんな雨が漸やっと霧に似だした或る早朝、私は窓から、バルコンの面している細長い中庭がいくぶん薄明くなって来たようなのをぼんやりと見おろしていた。その時、中庭の向うの方から、一人の看護婦が、そんな霧のような雨の中をそこここに咲き乱れている野菊やコスモスを手あたり次第に採りながら、こっちへ向って近づいて来るのが見えた。
私はそれがあの第十七号室の附添看護婦であることを認めた。「ああ、あのいつも不快な咳ばかり聞いていた患者が死んだのかも知れないなあ」ふとそんなことを思いながら、雨に濡れたまま何んだか興奮したようになってまだ花を採っているその看護婦の姿を見つめているうちに、私は急に心臓がしめつけられるような気がしだした。
「やっぱり此処で一番重かったのはあいつだったのかな? が、あいつがとうとう死んでしまったとすると、こんどは? ……ああ、あんなことを院長が言ってくれなければよかったんだに……」
 私はその看護婦が大きな花束を抱えたままバルコンの蔭に隠れてしまってからも、うつけたように窓硝子まどガラスに顔をくっつけていた。
「何をそんなに見ていらっしゃるの?」ベッドから病人が私に問うた。
「こんな雨の中で、さっきから花を採っている看護婦が居るんだけれど、あれは誰だろうかしら?」
 私はそう独り言のようにつぶやきながら、やっとその窓から離れた。
 しかし、その日はとうとう一日中、私はなんだか病人の顔をまともに見られずに居た。何もかも見抜いていながら、わざと知らぬような様子をして、ときどき私の方をじっと病人が見ているような気さえされて、それが私を一層苦しめた。こんな風にお互に分たれない不安や恐怖を抱きはじめ、二人が二人で少しずつ別々にものを考え出すなんと云うことは、いけないことだと思い返しては、私は早くこんな出来事は忘れてしまおうと努めながら、又いつのまにやらその事ばかりを頭に浮べていた。そしてしまいには、私達がこのサナトリウムに初めて着いた雪のふる晩に病人が見たという夢、はじめはそれを聞くまいとしながら遂に打ち負けて病人からそれを聞き出してしまったあの不吉な夢のことまで、いままでずっと忘れていたのに、ひょっくり思い浮べたりしていた。
――その不思議な夢の中で、病人は死骸になって棺の中に臥ていた。人々はその棺を担いながら、何処だか知らない野原を横切ったり、森の中へはいったりした。もう死んでいる彼女はしかし、棺の中から、すっかり冬枯れた野面や、黒い樅もみの木などをありありと見たり、その上をさびしく吹いて過ぎる風の音を耳に聞いたりしていた、……その夢から醒さめてからも、彼女は自分の耳がとても冷たくて、樅のざわめきがまだそれを充たしているのをまざまざと感じていた。……
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