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遺言 大杉栄(4)

2023-11-29 来源:百合文库
『また、さつきの事なんだらう。うるさい奴だな。で、君は何んと云つたんだ。』
『うん、大杉先生を呼んだのは誰れだの、先生は演説をするかの、演題は何んだのと、いろんな事を聞きやがるんだ。僕は面倒臭いから何んにも知らんて云つて来たんだがね。とにかく待つてるんだから、誰れか出てうまくやつてくれよ。』
『本当にうるさい奴だな。ぢや、二三人で行つて、皆んなで電話口でわい/\云つて、それでもまだ何にか面倒な事を云ふやうだつたら、構ふ事はねえ、直ぐ電話を切つちやおうぢやないか。』
『さうだ、それがいい、それがいい。』
 若い三四人の学生がドタバタと電話室の方へ駆けて行つた。そして暫くすると、皆んなで大きな声でアハハアハハと笑ひこけながら帰つて来た。
『とうたう切つちやつたんですよ。奴等は不意打を食つて大あはてにあはててゐるんですがね、なあに構ふもんですか。』一緒に行つたHが、また腹をかかへながら、笑つて云つた。そして、
『しかし、とにかく邪魔のはいらんうちに早くやつちやおうぢやないか。』
 と皆んなに云ひながら、
『先生もどうぞ上へ。』

遺言
大杉栄


 と云つて、皆んなで又講堂の方へ駆け出した。僕も其のあとへ随いて行つた。講壇では学校の講師の何んとか云ふ人が何にか話してゐた。委員の一人は何にか紙片に書いて講壇の上へ持つて行つた。其の講師はそれを見ると、急に話をいい加減に端折つて講壇から下りた。そしてHが聴衆に僕を紹介した。
 盛んな拍手が起つた。僕はもう、さつき考へてゐたやうな、椅子に腰かけて話さうなぞと云ふ呑気な心持ではゐられなくなつた。そしてとうたう、苦しいのを我まんしいしい、一時間余り喋舌り続けた。
 僕が何にを喋舌つたかは、今はもう詳しくも覚えてゐないし、又ここでそれを発表する自由を持つてゐさうもない。
 僕は演壇から下りた。委員のHは閉会を告げた。すると、いつの間にかはいり込んでゐた刑事共が、委員等をつかまへて、僕の演説の筆記を渡せと強請んでゐる。僕は直ぐに、速記者の筆記を奪ひ取るやうにして取つて、ストオヴの中へ入れて了つた。そして呆気にとられてゐる刑事共をあとに残して帰つた。
 あとで聞くと、警察では其の手ぬかりを掩ふ為めにいい加減な報告をしたので、其の筋でも従つて学校でも大した問題にならずに、ただ危険人物の僕を呼んだと云ふかどで委員が辞職しただけで事は済んだ。

遺言
大杉栄


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